研究開発支援はイノベーションを生むか――特許数の先をどう測る

企業へ研究開発補助金を出す。

数年後、その企業から新しい特許が生まれた。

政策評価では「成果が出た」と報告されるかもしれない。

しかし、ここには一つ大きな問題がある。

その会社は、補助金がなくても同じ研究をしていたのではないか。

もともと研究開発力の高い企業を選び、その企業が予定していた研究に公費を出しただけなら、補助金の後に特許が生まれても、それをすべて政策効果とは呼べない。

研究開発支援で本当に知りたいのは、支援企業が何を生み出したかだけではない。

公的支援がなければ起きなかった何かが、どれだけ増えたのか。

政策評価では、これを「追加性」という考え方で捉える。

そして近年の研究では、特許や売上といった最終成果だけでなく、企業の研究開発の「やり方」が変わったかを見る「行動追加性」という視点が研究されている。

補助金1000万円で研究費が1000万円増えるとは限らない

研究開発支援を最も単純に考えると、公的資金を投入すれば企業の研究開発費が増える。

しかし現実はそれほど単純ではない。

例えば企業が来年度、自己資金で5000万円の研究を予定していたとする。

そこへ1000万円の補助金が採択された。

企業が研究規模を6000万円へ拡大すれば、少なくとも支出面では追加的な研究が生まれたと考えやすい。

しかし企業が自己資金を4000万円へ減らし、公費1000万円を加えて予定どおり5000万円の研究をしたらどうだろう。

企業から見れば資金調達には成功している。

しかし社会全体で見れば、研究開発投資は増えていない。

つまり、

「補助金を出した額」と「新しく増えた研究開発額」は同じとは限らない。

特許が10件出ても、政策効果が10件とは限らない

同じ問題は成果にもある。

補助金を受けた企業が10件の特許を取得した。

一見すると分かりやすい成果である。

しかし政策効果として重要なのは、10件という総数ではない。

補助金がなかった場合、その企業はいくつの特許を生み出していただろうか。

仮に補助金がなくても8件生まれていたなら、政策によって追加された可能性があるのは残りの部分である。

もちろん現実には「補助金がなかった世界」を直接観察することはできない。

だから政策評価では、非採択企業との比較や、採択前後の変化などを使って反実仮想を推定する必要がある。

「支援した企業が成長した」と「支援したから成長した」は別の文章である。

研究開発政策では、この二つを区別することが重要になる。

成果が出なくても、会社が変わることがある

さらに研究開発には難しい特徴がある。

成果が出るまで時間がかかることである。

ある研究開発プロジェクトに補助金を出した。

一年後、特許はゼロ。

売上もゼロ。

製品化もしていない。

年度単位の政策評価なら、「成果なし」に見えるかもしれない。

しかし、その企業の内部では変化が起きている可能性がある。

新しい研究者を採用した。

大学との共同研究を始めた。

異なる部署が一緒に開発するようになった。

試作品を作る回数が増えた。

顧客と開発初期から話すようになった。

失敗した実験結果を社内で共有するようになった。

研究テーマを早い段階で中止する判断ができるようになった。

こうした変化は、その年度の特許数には表れない。

しかし次の研究開発を生み出す企業能力として残る可能性がある。

これが「行動追加性」を考える意味である。

米国の公的契約者で「イノベーション能力」を測る

2026年4月にScience and Public Policyで公表された研究は、成果連動型インセンティブが組み込まれた米国メディケア・アドバンテージの公的契約者を事例として、組織のイノベーション能力を測る方法を検討した。

研究では調査票を基にInnovation Capability Indexを構築し、戦略、学習、協働など、組織がイノベーションを行うための実践を指数化した。

重要なのは、売上や特許といった最終成果だけを測ろうとしていないことである。

公的なインセンティブによって、組織の「新しいことを生み出すやり方」が変わったか。

そこを測定可能な形にしようとしている。

ただし、この指数が高いからといって、最終的な医療成果や生産性が必ず改善することを意味するわけではない。

能力と成果は区別する必要がある。

研究開発には三つの成果がある

この考え方を企業の研究開発支援へ応用すると、政策成果を三段階に分けることができる。

第一は「投入の追加性」。

研究開発費が増えたか。

研究者を増やしたか。

設備投資が増えたか。

第二は「行動の追加性」。

大学や他社との共同研究が増えたか。

実験回数が増えたか。

新しい研究テーマへ挑戦したか。

部署横断の開発が増えたか。

意思決定が変わったか。

第三は「成果の追加性」。

特許。

論文。

製品。

売上。

生産性。

社会的な便益。

これらを一つの数字にまとめないことが重要である。

「失敗した研究」は政策の失敗なのか

研究開発政策を成果主義だけで評価すると、別の問題が起きる。

失敗を避けるようになることである。

補助金を受ける企業が、年度末までに分かりやすい成果を出さなければならないと考えれば、成功確率の高い研究を選びやすくなる。

しかし本来、公的な研究開発支援には、民間企業だけでは取りにくいリスクを一部引き受ける役割も考えられる。

成功確率は低い。

時間もかかる。

しかし成功すれば大きな価値を持つ。

そうした研究ほど、短期の売上や特許だけで評価すると不利になる。

そして研究では、失敗そのものから知識が生まれることもある。

この材料では耐久性が足りない。

この技術では量産できない。

この市場には需要がない。

このアルゴリズムでは精度が出ない。

こうした知識も次の研究開発に利用される。

研究開発では「何が成功したか」だけでなく、「何を試せるようになったか」を政策成果として見る必要がある。

失敗を「資産」にできる企業と、消してしまう企業

さらに重要なのは、研究終了後である。

失敗したプロジェクトのデータが残っているか。

実験条件が記録されているか。

研究者が社内に残っているか。

共同研究先との関係が続いているか。

開発した技術が別の製品へ転用されたか。

こうしたものが残っていれば、失敗した研究にも次の価値がある。

逆に補助期間が終了した瞬間に研究チームを解散し、研究者が離職し、データも活用されないのであれば、組織能力としては残らない。

つまり、

補助金で「成果物」を作ったのか、それとも「成果を生み続けられる組織」を作ったのか。

この違いを見る必要がある。

採択企業だけを調べると、補助金は効いて見える

研究開発補助金の評価で特に注意したいのが対象企業の選び方である。

補助金の審査では通常、有望な企業や研究テーマを選ぼうとする。

技術力がある。

研究者がいる。

計画が具体的。

市場性がある。

こうした企業ほど採択されやすい。

しかし、その企業は補助金がなくても成長しやすかった可能性がある。

採択企業だけを数年後に調査して、

「80%が新製品を開発しました」

と報告しても、それだけでは補助金の効果とは言えない。

良い企業を選んだ効果と、補助金によって企業が良くなった効果を分けなければならない。

そのためには非採択企業との比較や、採択前の状態を含めた評価設計が重要になる。

「採択率」は政策成果ではない

補助事業では、行政側にも測りやすい数字がある。

応募件数。

採択件数。

採択率。

予算執行率。

特許件数。

事業化件数。

これらは事業管理には必要である。

しかし、政策効果とは別である。

例えば100社へ補助金を出したこと自体は、政策のアウトプットではあってもイノベーションの成果ではない。

その100社が、支援を受けなかった場合と比べて何を新しく始めたのか。

そこまで見て初めて政策効果の議論になる。

補助金終了から3年後を見る

研究開発支援では、年度単位の評価も問題になる。

補助金を交付する。

年度末に成果報告書を提出する。

そこで事業評価を終了する。

しかし研究開発の価値は、その後に現れる場合がある。

補助期間中に採用した研究者は残ったか。

大学との共同研究は続いているか。

開発した技術は別の事業へ使われたか。

失敗した研究から新しい研究テーマが生まれたか。

製品化まで進んだか。

新しい顧客を獲得したか。

こうした変化は補助金終了後に起きる。

そこで、

終了時。

1年後。

3年後。

5年後。

と追跡する。

研究開発政策は「年度」ではなく「技術が育つ時間」で評価する必要がある。

基礎研究と製品開発を同じ物差しで競わせない

さらに、研究段階によって成果の出方は違う。

製品化直前の技術なら、売上や事業化まで比較的短期間で到達する可能性がある。

一方、基礎研究では市場投入まで長い時間がかかる。

そこで両者を「3年以内の売上」という同じKPIで評価すると、短期的に事業化しやすい研究が有利になる。

研究開発支援では採択時に、

短期の出力。

組織能力の変化。

長期の事業成果。

社会的成果。

を分けて設定する方が合理的である。

研究の成熟段階が違えば、成功の時計も違う。

補助金のKPIを「特許数」から「変化量」へ

ここまで考えると、研究開発補助金の評価軸も変わる。

特許を何件取ったか。

売上がいくらになったか。

何社を支援したか。

だけではない。

支援前と比べて研究者が何人増えたか。

外部との共同研究が何件増えたか。

新しい研究テーマへどれだけ挑戦したか。

実験の速度は変わったか。

失敗した技術が別の研究へ使われたか。

支援終了後も研究開発を続けているか。

そして、それらは非採択企業と比べても大きな変化だったのか。

「成果の総数」ではなく、「支援によって何が追加されたか」を測る。

これが追加性という考え方の核心である。

補助金は「研究を買う」のか、「研究する会社をつくる」のか

研究開発政策には、もう一段大きな問いがある。

政府が補助金によって欲しいものは何なのか。

一つの新製品なのか。

一つの特許なのか。

それとも、継続的に新しい技術へ挑戦できる企業なのか。

前者なら、成果物を評価すればよい。

後者なら、研究者、共同研究、実験、意思決定、失敗からの学習など、組織能力まで見る必要がある。

2026年のInnovation Capability Indexの研究が興味深いのは、まさにこの部分を測定しようとしている点である。

もちろん能力指数が高くなれば必ず売上や社会的便益が生まれるわけではない。

だから成果指標を捨てる必要はない。

成果と能力を両方見るのである。

「補助金で何ができたか」と「補助金によって何ができる会社になったか」。

この二つを分けて測る。

「何件成功したか」から「何がなければ起きなかったか」へ

研究開発補助金の評価で最も難しいのは、目に見える成果を数えることではない。

補助金がなかった世界との差を考えることである。

その研究は、本当に追加されたのか。

研究費は増えたのか。

新しい人材を採用したのか。

新しい企業や大学と組んだのか。

今までなら避けていた研究へ挑戦したのか。

失敗から学べる組織になったのか。

そして支援が終わった後にも、その変化は残ったのか。

特許や売上は重要である。

しかし、それだけでは公的支援の意味を十分には説明できない。

「補助金を受けた企業が何を生み出したか」から、「補助金がなければ起きなかった何を生み出したか」へ。

研究開発政策の評価は、その差を測るところから始まる。

参考資料・原典