レビュー/食品には「成分」だけでなく「構造」がある

コンビニで二つの食品を手に取る。

どちらも500キロカロリー。たんぱく質、脂質、炭水化物もほぼ同じ。食塩相当量にも大きな違いはない。

栄養成分表示だけを見れば、私たちは二つをかなり似た食品だと考える。

では、本当に体にとって同じなのだろうか。

2026年10月5日にNature Metabolismで公表されたランダム化クロスオーバー研究は、この問いを考える材料を示した。

研究では、超加工食品と非超加工食品を使った食事を比較した。特に代謝反応を詳しく調べる実験では、食事の重量、エネルギー、エネルギー密度、炭水化物、脂質、たんぱく質、食物繊維、ナトリウム、水分などをそろえた条件で比較している。

それでも、食後のインスリン反応などに違いが確認された。さらに食品刺激に対する脳活動にも違いが観察された。

この研究だけで「超加工食品は病気を引き起こす」と結論づけることはできない。

しかし、一つの興味深い問いを突き付ける。

食品の健康影響は、「何が何グラム入っているか」だけで説明できるのだろうか。

私たちは食品を「成分表」で理解してきた

現在の栄養政策では、食品を主に含有成分から評価する。

エネルギー。

たんぱく質。

脂質。

炭水化物。

食塩相当量。

さらに商品によっては糖質、食物繊維、ビタミン、ミネラルなども表示される。

これは非常に重要な情報である。

糖尿病、高血圧、肥満などを予防・管理するうえでも、食品に何が含まれているかを知ることには大きな意味がある。

しかし、この考え方には暗黙の前提がある。

食品の健康影響は、その食品を構成する栄養素を足し合わせれば、かなり説明できるという考え方である。

今回の研究が興味深いのは、この前提だけでは説明できない可能性を実験的に探っている点にある。

カロリーも主要栄養素もそろえて比較した

超加工食品をめぐる研究には、以前から難しい問題があった。

超加工食品を多く食べる人と、そうでない人を比較すると、食生活そのものが大きく違うことがある。

超加工食品を多く食べる人は、摂取カロリーが多いかもしれない。食物繊維が少ないかもしれない。塩分や糖分が多いかもしれない。

その場合、健康上の違いが「加工」によるものなのか、単純に栄養構成の違いによるものなのかを区別するのが難しい。

そこで2026年10月の研究では、代謝実験において超加工食品と非超加工食品の食事について、エネルギー量だけでなく、重量、エネルギー密度、主要栄養素、食物繊維、ナトリウム、水分など多くの条件を合わせた。

言い換えれば、

「栄養成分がほぼ同じなら、体の反応も同じになるのか」

を調べたのである。

それでも体の反応は同じではなかった

研究には健康体重の成人57人が参加し、超加工食品と非超加工食品を比較するランダム化クロスオーバー試験が行われた。

その結果、超加工食品の食事と非超加工食品の食事では、食後の代謝反応に違いが確認された。

特にインスリン反応などに差がみられたほか、食品刺激を提示した際の脳活動にも違いが観察された。

重要なのは、「超加工食品には糖質が多かったから」という単純な説明だけでは済まない条件で差が生じたことである。

では何が違ったのか。

食品の構造、加工方法、食べる速度、消化吸収のされ方、食品の物理的性質など、さまざまな可能性が考えられる。

ただし今回の研究だけで、その原因を一つに特定できるわけではない。

ここは慎重に読む必要がある。

ニンジンと「ニンジンの栄養素」は同じではない

この問題を理解するには、食品を建物に例えると分かりやすい。

同じ量の木材、鉄、ガラス、コンクリートを使っても、組み立て方が違えば建物の性質は変わる。

食品にも似た側面がある。

ニンジン一本を食べることと、ニンジンを細かく粉砕し、その成分を加工食品へ加えることは、栄養成分表の一部が同じでも、食品として完全に同じとは限らない。

植物の細胞構造、食品の硬さ、粒子の大きさ、水分の保持状態などによって、咀嚼や消化、吸収の速度が変わる可能性がある。

食品科学では、こうした食品内部の物理的な構造を「フードマトリックス」という考え方で捉えることがある。

つまり私たちは、「何を食べたか」だけでなく、「どのような構造のものを食べたか」にも反応している可能性がある。

「超加工食品」という言葉にも注意が必要である

一方で、「超加工食品」という言葉だけを健康食品と不健康食品の境界線として使うのも危険である。

超加工食品の分類には、一般にNOVA分類が広く使われている。

しかし同じ超加工食品に分類される商品でも、栄養構成や用途は大きく異なる。

全粒穀物を使った包装パンと、糖分の多い菓子。

栄養調整食品と、砂糖を多く含む清涼飲料。

加工度という一つの尺度だけで、それらの健康影響がすべて同じになるわけではない。

したがって今回の研究も、

「加工食品を食べてはいけない」

という話に単純化するべきではない。

むしろ、これまで食品を評価してきた栄養成分という軸に、加工方法や食品構造という別の軸を加える必要があるのではないか、という問題提起として読む方が有益である。

「低脂肪」「高たんぱく」だけで健康食品と言えるか

食品売り場にはさまざまな表示がある。

低糖質。

低脂肪。

高たんぱく。

食物繊維入り。

カロリーオフ。

こうした表示は、消費者が食品を選ぶうえで役に立つ。

しかし、その数字だけで食品全体を「健康的」と判断すると、見えない部分が出てくる。

例えば脂質を減らすために食品構造を大きく変えたり、食感を維持するため別の成分を加えたりすることがある。

逆に加工食品であっても、保存性や衛生性を高め、必要な栄養を安定して供給するという重要な役割がある。

だから「加工=悪」「自然=善」という二分法では問題を整理できない。

問うべきなのは、加工によって食品のどの性質が変わり、それが人体へどのような影響を与えるのかである。

栄養表示に「加工度」を追加すれば解決するのか

では将来、食品パッケージにカロリーや栄養素だけでなく、「加工度」を表示すればよいのだろうか。

これも簡単ではない。

加工には安全性を高めるものもある。

加熱、殺菌、冷凍、発酵などは、人類が長く利用してきた食品加工技術である。

さらに加工食品は、調理時間を短縮し、保存期間を延ばし、食品廃棄を減らす役割を持つ場合もある。

高齢者、単身世帯、共働き世帯などにとって、簡便な食品が食生活を支えている側面も無視できない。

加工度だけを新しい健康指標にすると、別の単純化が起こる可能性がある。

必要なのは「加工食品か否か」というラベルではなく、どの加工特性が健康影響と関係するのかをさらに明らかにすることである。

学校給食なら「栄養基準を満たした」で終わらなくなる

この研究を政策へつなげるなら、学校給食は分かりやすい例になる。

学校給食ではエネルギーや栄養素について基準が設定されている。

もちろん、それは不可欠である。

しかし将来、食品構造や加工方法について研究がさらに蓄積されれば、

「必要なカロリーと栄養素を満たしているか」

だけでなく、

「その栄養をどのような食品から摂取しているか」

という視点がさらに重要になる可能性がある。

同じたんぱく質20グラムでも、どのような食品から摂った20グラムなのか。

同じ食物繊維5グラムでも、食品そのものに含まれるものなのか、加工時に添加されたものなのか。

栄養素の「量」だけでなく、その栄養素が存在する食品の「形」を見るという考え方である。

健康経営にも同じ問題がある

企業の健康経営でも、社員食堂や食事補助、健康アプリなどを導入する企業が増えている。

ここでも成果指標は、摂取カロリー、野菜摂取量、塩分などになりやすい。

しかし食生活をより詳しく見るなら、食品の種類や加工度、食べ方まで含めて考える余地がある。

例えば「500キロカロリー以下」という条件だけで昼食を選んでも、食品としての性質は大きく異なる。

健康経営の目的が社員に数字を守らせることではなく、長期的な健康状態を改善することなら、評価する食品情報も広がっていく可能性がある。

コンビニ食は「悪」なのか

このテーマで特に避けたいのが、超加工食品研究を「コンビニ食は危険」という話へ短絡させることである。

現代の生活では、コンビニ、スーパー、冷凍食品、レトルト食品などが食生活を支えている。

毎日すべての料理を素材から作ることができる人ばかりではない。

食品政策には健康だけでなく、価格、保存性、利便性、食品安全、調理時間、食品廃棄など複数の目的がある。

したがって現実的な政策課題は、加工食品をなくすことではない。

便利さを維持しながら、より健康的な加工食品をどう作るか。

ここに食品産業のイノベーションの余地がある。

「超加工食品を減らしたか」をKPIにしない

政策評価でも注意が必要である。

超加工食品の購入割合だけを下げることを目標にすると、別の問題が生じる可能性がある。

食費が増えた。

調理時間が増えた。

低所得世帯ほど対応できない。

食品廃棄が増えた。

必要なエネルギーや栄養素を十分に取れなくなった。

こうした変化まで確認しなければならない。

政策として見るなら、加工度だけでなく、食事全体の質、価格、所得階層別の負担、健康指標、調理時間などを組み合わせて評価する必要がある。

食品の「成分表」から「設計図」へ

これまで栄養政策は、食品を分解して考えることで大きく進歩してきた。

たんぱく質は何グラムか。

脂質は何グラムか。

塩分は何グラムか。

それによって、私たちは食品の多くを数字として理解できるようになった。

しかし研究が進むにつれて、その数字だけでは説明できない部分も見え始めている。

何が入っているのか。

それだけではなく、

どのような構造になっているのか。

どのように加工されたのか。

どの速度で食べられるのか。

体内でどのように消化・吸収されるのか。

そして脳や代謝がどう反応するのか。

食品を「成分の集合」ではなく、「構造を持ったもの」として見る。

栄養成分表が食品の「部品表」だとすれば、これから必要になるのは食品の「設計図」を理解する研究なのかもしれない。

2026年10月の研究は、超加工食品について最終的な答えを出したものではない。

むしろ興味深いのは、食品を見る私たちの物差しそのものに、新しい問いを加えたことである。

「何が入っているか」から、「どんな食品として入っているか」へ。

栄養政策も食品産業も、その両方を見る時代へ進み始めている。

参考資料・原典