長期の避難生活は心の健康をどう変えるか――退所後まで続く支援を考える

災害が起きる。

避難所へ移る。

その後、仮設住宅などへ移る。

行政統計上は、そこで一つの段階が進んだように見える。

体育館などの避難所から住宅へ移ることができたからである。

しかし、避難所を退所すれば「避難生活」が終わるわけではない。

狭い空間で家族全員が生活する。

寝る場所も食事をする場所もほぼ同じ。

一人になれる場所がない。

そして、いつ恒久的な住宅へ移れるのか分からない。

その状態が数週間ではなく、数年続いたらどうなるのか。

2026年5月にFrontiers in Public Healthで公表された研究は、2023年に発生したトルコ・カフラマンマラシュ地震後、コンテナ住宅で長期間暮らしている人々を調査した。

対象者の平均居住期間は29.2か月。

およそ2年半である。

研究から見えてくるのは、災害後の住宅問題が長期化すると、単なる「住む場所」の問題ではなくなるということである。

住宅政策が、そのまま心身の健康政策、そして家族政策になる。

平均29.2か月、コンテナ住宅で暮らしていた

研究は、2023年のカフラマンマラシュ地震後、コンテナ住宅で12か月以上暮らしている成人を対象に行われた。

三つの県にある高密度のコンテナ居住地から成人413人を戸別に募集し、知覚ストレス、家族機能、抑うつ、不安、身体症状などを調査した。

さらに、そのうち41人に半構造化面接を行った。

つまり数字だけでなく、そこで実際にどのような生活を送っているのかを本人から聞いている。

こうした量的調査と質的調査を組み合わせた「混合研究」である。

対象者のコンテナ住宅での平均居住期間は29.2か月だった。

災害直後の一時的な避難生活を調べた研究ではない。

「一時的な住まい」が2年以上続いたとき、人と家族に何が起きるのかを調べた研究と見ることができる。

「21平方メートル」は単なる床面積ではない

研究で扱われたコンテナ住宅は、約21平方メートルの限られた空間だった。

21平方メートルという数字だけを見ると、住宅政策上は「居住スペース」として処理できる。

しかし生活として考えると意味が変わる。

家族が食事をする。

子どもが過ごす。

親が休む。

着替える。

眠る。

夫婦が話す。

電話をする。

考え事をする。

場合によっては仕事や勉強もする。

それらが同じ小さな空間の中で行われる。

住宅の広さは単なる不動産上の数字ではない。

家族同士の距離を調整できるかという「人間関係のインフラ」でもある。

家族の71.3%が「不健康域」に分類された

研究では、調査対象となった世帯の71.3%が、用いられた尺度上で家族機能の不健康域に分類された。

さらに知覚ストレスが高い人ほど、抑うつ、不安、身体症状などの内在化症状も高い傾向が確認された。

そして家族機能が、ストレスとこうした症状の関係を部分的に媒介していた。

ここで注意したいのは、「狭い住宅に住むと71.3%の家庭が壊れる」という意味ではないことである。

この研究は横断研究であり、無作為化された実験ではない。

災害による喪失、経済状況、仕事、健康状態など、さまざまな要因が同時に影響している可能性がある。

したがって、21平方メートルという住宅面積が特定の割合で精神症状を引き起こしたという因果関係までは示せない。

それでも、長期化した仮設的な居住環境と家族機能、ストレス、心理的症状を切り離して考えられないことは、この研究の重要な論点である。

家族には「一人になる場所」が必要である

41人への面接からは、三つの主要なテーマが抽出された。

空間的な閉塞。

家族内の役割や私的境界の崩れ。

そして恒久住宅を待ち続ける感覚である。

ここで特に重要なのが「境界」である。

家族は一緒にいることだけで成立しているわけではない。

親には親の時間がある。

子どもには子どもの時間がある。

夫婦にも、それぞれ一人で過ごす時間がある。

普通の住宅なら、別の部屋へ行く、外へ出る、少し距離を取るという方法がある。

しかし極めて限られた空間では、それが難しくなる。

家族の距離を物理的に調整できなくなる。

プライバシーとは贅沢ではない。家族関係を維持するための緩衝材でもある。

問題は「狭さ」だけではなかった

もう一つ重要なのが、恒久住宅を待ち続ける感覚である。

狭い住宅でも、

「3か月後には新しい住宅へ移れます」

と分かっている場合と、

「いつ移れるか分かりません」

という場合では、心理的な意味が違う。

仮設住宅は本来、「仮」の住宅である。

ところが終了時期が分からないと、生活計画を立てにくい。

家具を買うべきなのか。

仕事を探すべきなのか。

子どもの学校をどうするのか。

この地域で人間関係を作るべきなのか。

次の住宅へ移るためにお金を残しておくべきなのか。

「いつまでここにいるのか」が分からないことは、住居の問題だけでなく、生活全体の意思決定を止める。

住宅支援では「家を用意すること」と同じくらい、「次にいつ動けるのかを伝えること」が重要になる。

仮設住宅には二つの「広さ」がある

この研究から、日本の災害住宅政策へ直接同じ数値を当てはめることはできない。

トルコと日本では住宅規格、家族構成、社会保障制度、災害後の住宅供給制度などが異なる。

しかし政策を考えるうえで、一つ面白い見方ができる。

仮設住宅には二種類の「広さ」があるのではないか。

一つは物理的な広さ。

何平方メートルあるか。

もう一つは時間的な広さである。

あと何か月ここで暮らすのか。

いつ次の住宅へ移れるのか。

どちらも生活の圧迫感に関係する。

狭い住宅でも期間が明確なら耐えられる場合がある。一定の広さがあっても、出口が見えない状態が長期間続けば負担になる。

災害住宅政策では、「床面積」と「待機期間」をセットで考える必要がある。

「仮設住宅を何戸建てたか」だけでは復興を測れない

大規模災害が発生すると、仮設住宅の建設戸数や完成時期がニュースになる。

もちろん住宅を早く確保することは重要である。

しかし行政が測るべき数字は、その先にもある。

入居から何か月経過しているか。

一戸に何人暮らしているか。

睡眠環境は確保できているか。

一人になれる空間があるか。

恒久住宅へ移る時期が見えているか。

医療や相談支援につながっているか。

家族内で困り事が増えていないか。

こうした情報を見ることで、「住宅を提供した後」の生活再建が見えてくる。

避難所を出た瞬間に支援を切らない

災害支援には制度上の節目がある。

避難所から退所した。

仮設住宅へ入居した。

民間賃貸住宅へ移った。

恒久住宅へ移った。

行政上はステータスが変わる。

しかし本人の生活課題が、その日にリセットされるわけではない。

避難所で不眠を訴えていた人が仮設住宅へ移った。

その情報は次の支援担当者へ渡っているか。

家族関係に問題を抱えていた世帯が民間住宅へ移った。

相談支援は継続されているか。

医療機関を紹介された人が転居した。

新しい地域の医療機関へつながったか。

被災者から見れば生活は一本につながっているのに、行政支援だけが住宅の移動ごとに分断される。

この切れ目をどうなくすかが重要になる。

「住宅カルテ」ではなく「生活再建カルテ」を持つ

そこで考えられるのが、住居だけではなく生活再建の状況を継続して確認する仕組みである。

例えば、

現在の住宅。

同居人数。

睡眠状況。

通院状況。

子どもの通学。

仕事。

移動手段。

相談支援。

次の住宅の見通し。

といった最低限の項目を本人の同意のもとで確認する。

そして避難所から仮設住宅、仮設住宅から恒久住宅へ移るときにも、必要な支援情報が途切れないようにする。

仮にこれを「生活再建カルテ」と呼ぶことができる。

目的は被災者を監視することではない。

転居のたびに本人が最初から事情を説明し直さなくてもよい仕組みを作ることである。

全世帯に同じ支援を続ける必要はない

長期化した避難生活では、支援ニーズにも差が出る。

新しい生活へ適応している世帯。

高齢者だけの世帯。

乳幼児がいる世帯。

介護が必要な家族がいる世帯。

一つの空間で多人数が暮らしている世帯。

恒久住宅の見通しが立っていない世帯。

全世帯へ同じ頻度で支援を続けるより、居住期間、家族構成、健康状態、住宅の見通しなどから支援の必要性を判断する方が合理的な場合がある。

つまり長期避難では、住宅を一律に提供する段階から、生活再建リスクに応じて支援を変える段階へ移る必要がある。

「仮設」は建物の名前ではなく期間の約束である

仮設住宅という言葉から、多くの人は簡易な建物を想像する。

しかし本来重要なのは建物の構造だけではない。

「これは一時的な住まいであり、その後の住まいへ移れる」という見通しがあることではないか。

建物が簡易であることよりも、「仮」の状態がいつ終わるか分からないことの方が生活に大きな影響を与える場合がある。

「仮設」とは住宅の材質ではなく、出口があるという時間的な約束でもある。

そう考えると、災害住宅政策で行政が提供するものは住宅だけではない。

次にどこへ移るのか。

いつ頃移れるのか。

何が決まっていて、何がまだ決まっていないのか。

状況が変わったら、いつ次の説明をするのか。

こうした「見通し」そのものも支援になる。

復興を「避難所退所者数」で測らない

災害復興では、分かりやすい数字が使われる。

避難者数。

避難所数。

仮設住宅の完成戸数。

恒久住宅への移転数。

どれも必要な数字である。

しかし生活再建を見るなら、その間にある時間も測る必要がある。

仮設的な住宅で暮らした期間。

転居回数。

家族が分かれて暮らした期間。

通院や通学が中断した期間。

恒久住宅の見通しが分からなかった期間。

相談支援が途切れた期間。

こうした「待っていた時間」を測れば、復興政策の別の姿が見えてくる。

被災者にとって復興とは、建物が完成した日ではなく、生活を再び自分で計画できるようになった日なのかもしれない。

住宅復興から「生活復興」へ

トルコの研究で示された71.3%という数字を、そのまま日本へ当てはめることはできない。

21平方メートルという住宅条件についても、日本の仮設住宅と単純比較することはできない。

しかし、この研究が示す問題は日本の災害政策を考えるうえでも重要である。

住宅の物理的条件。

そこで暮らす期間。

家族のプライバシー。

心身の状態。

そして次の住宅への見通し。

これらは別々の問題ではない。

一つの生活の中でつながっている。

だから災害後の住宅政策も、住宅を供給したところで終わらせない。

「何戸用意したか」から、「そこで人はどう暮らしているか」へ。

さらに、

「いつ退所したか」から、「いつ自分の生活を再び計画できるようになったか」へ。

復興を測る物差しをそこまで広げることが、長期化する避難生活を考えるうえで必要になる。

参考資料・原典