自治体DXは窓口をオンライン化すれば進むのか――利用できる行政サービス

市役所へ行かなくても、スマートフォンから申請できる。

行政手続のオンライン化は確実に便利になっている。

しかし、こんな経験はないだろうか。

申請フォームを開く。

氏名と住所を入力する。

本人確認をする。

必要な書類を探す。

スマートフォンで撮影する。

アップロードしようとするとファイル形式が違う。

変換して再度アップロードする。

入力を続けているうちにタイムアウトする。

もう一度ログインする。

数日後、自治体から連絡が来る。

「添付書類が不足しています」

結局、市役所へ電話する。

場合によっては窓口へ行く。

これでも行政統計上は「オンライン申請サービスを提供している手続」である。

では、本当にDXできたと言えるのだろうか。

行政DXで重要なのは「オンラインで始められるか」ではなく、「オンラインで終えられるか」である。

「オンライン化」と「DX」は同じではない

行政のデジタル化では、紙の申請書をウェブフォームへ置き換えることから始める場合が多い。

これは必要な第一歩である。

しかし紙の手続きをそのまま画面へ移しただけなら、行政手続そのものは変わっていない。

紙に氏名を書く。

ウェブフォームに氏名を入力する。

紙の証明書を添付する。

証明書を撮影してPDFで添付する。

窓口で本人確認する。

スマートフォンで本人確認する。

媒体が変わっただけで、住民が行う作業量はほとんど変わらない場合もある。

紙をデータに変えることと、手続きを変えることは別である。

オンライン申請率80%でも成功とは限らない

自治体DXでは、オンライン化率やオンライン申請件数が成果指標として使いやすい。

例えば年間1万件の手続きがあり、そのうち8000件がオンラインで開始された。

オンライン利用率80%。

一見すると大きな成果である。

しかし、その8000件のうち何件がオンラインだけで完了したのだろうか。

6000件ならどうか。

3000件ならどうか。

本人確認で止まった。

添付書類で止まった。

入力項目の意味が分からなかった。

エラーが出た。

電話で問い合わせた。

最終的には窓口へ行った。

こうした人が多ければ、オンライン申請件数だけを見ても実際の利便性は分からない。

行政DXには「オンライン化率」より「オンライン完了率」が必要である。

途中でやめた人は統計から消える

さらに見落とされやすいのが、申請を途中でやめた人である。

ウェブサイトを開いた。

申請ボタンを押した。

しかし本人確認で止まった。

必要書類を見て諦めた。

入力項目が分からなくなった。

後でやろうと思って、そのまま忘れた。

この人は行政側の「申請件数」に入らない場合がある。

しかし利用者から見れば、行政サービスを利用しようとして失敗した人である。

民間のECサイトなら、商品をカートへ入れたのに購入しなかった人を分析する。

どの画面で離脱したのか。

送料を見てやめたのか。

決済画面で止まったのか。

会員登録が面倒だったのか。

それを調べて画面や手続きを改善する。

行政手続にも同じ視点を持ち込める。

「申請した人」だけではなく、「申請しようとしてやめた人」を見る。

そこに行政サービスの使いにくさが隠れている。

行政手続にも「コンバージョン率」があってよい

民間のウェブサービスでは、サイトを訪れた人のうち何%が購入や契約まで進んだかをコンバージョン率として見る。

行政サービスにも似た考え方を使える。

制度説明ページを見た人。

申請を開始した人。

本人確認まで進んだ人。

書類を提出した人。

申請を完了した人。

行政内部の審査を完了した人。

給付や許可まで到達した人。

この流れを追えば、どこで利用者が止まっているかが分かる。

例えば、

1万人が申請を開始した。

本人確認後は8000人。

添付書類提出後は5500人。

最終完了は5000人。

ならば、改善すべき場所は申請画面全体ではなく、添付書類周辺にある可能性が高い。

自治体DXでは「何件オンライン化したか」ではなく、「どこで住民が脱落しているか」を測る必要がある。

行政の仕事を住民へ移しただけではないか

デジタル化には、もう一つ注意すべき点がある。

行政側の作業が減った一方で、住民側の作業が増えている場合である。

以前なら窓口職員が書類を確認してくれた。

オンラインでは自分で必要書類を調べる。

以前なら職員が入力していた情報を、自分でフォームへ入力する。

証明書を自分で撮影する。

PDFへ変換する。

ファイル容量を小さくする。

エラーの原因を自分で探す。

行政側では処理時間が短縮されている。

しかし住民側では時間が増えている。

この場合、社会全体として本当に効率化したかは分からない。

DXと「セルフサービス化」は同じではない。

行政の仕事を住民へ移しただけなら、それを効率化と呼ぶ前に、双方の時間を測る必要がある。

「同じ住所」を何回入力させるのか

行政手続の使いにくさを象徴するものの一つが再入力である。

氏名。

生年月日。

住所。

電話番号。

家族情報。

すでに行政が保有している情報でも、別の手続きになるともう一度入力を求められる場合がある。

同じ自治体へ複数の申請をするたびに、同じ情報を書く。

デジタル化によって紙はなくなった。

しかし入力作業は残った。

場合によっては紙より入力項目が増える。

ここでDXの別のKPIが考えられる。

「住民が同じ情報を何回入力したか」。

再入力回数を減らすことは、住民側の行政コストを減らすことでもある。

証明書をオンラインで添付させる矛盾

さらに一歩進めると、そもそも証明書を提出させる必要があるのかという問いが出てくる。

行政がすでに持っている情報を確認するために、住民が行政から証明書を取得し、それを別の行政手続へ提出する。

紙の時代には必要だった仕組みが、データ連携が可能になった後も残っている場合がある。

これをオンライン化すると、

証明書を取得する。

撮影する。

PDF化する。

アップロードする。

という作業になる。

見た目はデジタルだが、制度設計は紙の時代のままである。

本当のDXは「証明書を電子化すること」ではなく、「その証明書を提出する必要そのものをなくせないか」と考えるところから始まる。

自治体DXは「画面」より「裏側」が重要である

2026年3月に公表されたベトナムの地方政府に関する研究は、紙中心の行政からデータ駆動型の地方政府への転換を扱っている。

また、インドネシア・マカッサル市の電子政府を扱った研究では、地方政府のデジタルトランスフォーメーションに伴う課題が検討されている。

こうした研究を読むと、行政DXが単なるウェブサイトやアプリの導入ではないことが見えてくる。

住民から見えるのは申請画面である。

しかし、その裏側には、

組織。

データ。

業務手順。

職員の能力。

情報共有。

権限。

既存システム。

などがある。

画面だけ新しくしても、裏側で職員がデータを印刷し、別のシステムへ手入力していれば、行政全体としてのDXは限定的である。

オンラインなのに、役所の営業時間に縛られていないか

オンライン行政の利点の一つは、時間と場所の制約を減らせることである。

しかし制度によっては、オンラインで申請できても、その後の確認や問い合わせが平日昼間に限られる。

エラーが出た。

問い合わせ窓口へ電話する。

受付は平日8時30分から17時。

会社員なら仕事中である。

オンライン化した入口と、人間による支援の仕組みがつながっていなければ、利用者の制約は残る。

行政DXでは「24時間申請可能」という表示だけでなく、問題が起きたときにどう復帰できるかまで設計する必要がある。

デジタルが苦手な人のために紙を残せばよいのか

デジタル格差への対応では、「オンラインが苦手な人には窓口を残す」という考え方がある。

これは必要である。

しかし、オンラインか窓口かという二択だけで考える必要はない。

例えばスマートフォンを持っているが本人確認で困る人。

入力はできるが添付書類が分からない人。

日本語の行政用語が難しい人。

視覚や聴覚に障害がある人。

途中まで自分でできるが、一部分だけ支援が必要な人もいる。

その人たちを全員窓口へ戻すのではなく、オンライン申請を続けながら必要な部分だけ支援する方法も考えられる。

デジタル支援とは「代わりに全部やること」ではなく、「本人が手続きを完了できるように途中を支えること」でもある。

「電話が減ったか」は優れたDX指標になる

行政手続をオンライン化した後、問い合わせ電話が増えることがある。

入力方法が分からない。

必要書類が分からない。

エラーの意味が分からない。

申請できているか分からない。

こうした電話が増えているなら、ウェブ上の説明や手続き設計に改善余地がある可能性がある。

逆に、オンライン申請が増えながら問い合わせが減っているなら、利用者が自力で完了できるサービスになっている可能性が高い。

だから自治体DXでは、オンライン申請件数だけでなく、

問い合わせ件数。

問い合わせ理由。

窓口への再訪。

申請の差し戻し。

再入力。

なども重要な指標になる。

「住民の行政時間」を測ってみる

ここからさらに一歩進めることができる。

行政サービスの評価に、住民が行政手続へ使った時間を入れるのである。

制度を調べる時間。

必要書類を集める時間。

入力する時間。

問い合わせる時間。

窓口へ移動する時間。

待つ時間。

差し戻しに対応する時間。

これらを合わせれば、住民が一つの行政手続きを終えるために負担した時間が分かる。

仮にこれを「住民の行政時間」と考えてみる。

オンライン化によって職員の処理時間が10分短縮されても、住民の作業時間が30分増えたなら、社会全体の効率化とは言い切れない。

逆に行政側と住民側の時間が両方減れば、DXの便益は分かりやすい。

自治体DXのKPIを変える

自治体DXを本当に利用者中心で評価するなら、見る数字も変える必要がある。

オンライン化した手続き数。

オンライン申請件数。

オンライン利用率。

だけではなく、

申請開始から完了までの時間。

オンライン完了率。

途中離脱率。

離脱した画面。

差し戻し率。

再入力回数。

問い合わせ回数。

窓口へ切り替えた割合。

行政側の処理時間。

住民側の所要時間。

こうした数字を見る。

すると、単にデジタル化された行政ではなく、使いやすい行政かどうかを評価できる。

「オンライン化率100%」より「一度で終わる行政」へ

OECDのデジタル経済に関する議論や各国の地方政府DX研究からも、デジタル化は単なる技術導入ではなく、組織や制度、データ利用を含む変革として考える必要がある。

自治体DXでも同じである。

申請書をPDFにした。

ウェブフォームを作った。

スマートフォンから申請できるようにした。

それは重要な進歩である。

しかしDXのゴールではない。

住民から見れば重要なのは、

迷わない。

同じ情報を書かない。

不要な証明書を集めない。

途中で止まらない。

問い合わせなくても済む。

一度の申請で終わる。

ということである。

「何%の手続きをオンライン化したか」から、「住民の手間を何分減らしたか」へ。

自治体DXの本当の成果は、画面の数ではなく、住民から消えた手間の量で測るべきではないだろうか。

参考資料・原典