男性の育児参加を制度だけで終わらせない――取得率と時間配分
男性の育児休業取得率が上がった。
企業にとっても行政にとっても、分かりやすい成果である。
しかし、ここで一つ確認しておきたい。
ある父親は5日間休んだ。
別の父親は3か月休んだ。
統計上は、どちらも「育児休業取得者1人」である。
では、この二人の育休を同じ一件として数えてよいのだろうか。
さらに重要なのは、その休業によって家庭の生活がどう変わったかである。
夜中に子どもが泣いたとき、誰が起きるようになったのか。
食事を作るのは誰か。
洗濯するのは誰か。
病院へ連れて行くのは誰か。
保育園との連絡をするのは誰か。
そして父親が職場へ戻った後、その分担は続いたのか。
男性育休の本当の成果は、「休んだか」ではなく、「家庭の時間配分が変わったか」にあるのではないか。
育児休業政策を取得率だけで評価すると、この最も重要な変化が見えなくなる。
「育休を取った」は期間を説明していない
育児休業政策では、取得率が代表的な指標として使われる。
制度を利用する男性が増えているかを見るうえで、取得率は重要である。
しかし取得率には大きな弱点がある。
期間を区別しないことである。
数日間でも取得。
数週間でも取得。
数か月でも取得。
すべて一人として数えられる。
しかし育児への関与という観点から見れば、その意味は同じとは限らない。
例えば出産直後に数日間休み、家事を手伝った父親と、数か月にわたり日常的な育児を担った父親では、経験する育児の内容そのものが違う可能性がある。
長期間育児を担当すれば、ミルク、離乳食、入浴、寝かしつけ、通院、予防接種、保育園との連絡など、日常生活の細かな仕事を経験する。
育児は「イベント」ではなく「毎日のオペレーション」である。
そのオペレーションを実際に担当した期間を見なければ、育休の意味は十分に分からない。
育児には「見えない仕事」がある
家庭内の育児を考えるとき、時間だけでは捉えにくい仕事もある。
おむつを替える。
ミルクを作る。
子どもを風呂に入れる。
こうした仕事は目に見えやすい。
しかし、その前後にも仕事がある。
おむつの在庫を確認する。
ミルクを買う。
予防接種の日程を覚える。
保育園への提出物を確認する。
子どもの体調変化を把握する。
次に必要な服のサイズを考える。
病院の予約を取る。
こうした「覚えておく仕事」「段取りする仕事」は、家事育児時間の単純な計測だけでは捉えにくい。
男性が育休を取得しても、こうした管理業務を引き続き母親だけが担っていれば、家庭内の負担配分は十分には変わっていない可能性がある。
育休の目的は「父親を家に置くこと」ではない
ここから男性育休の政策目的を考え直すことができる。
制度の直接的な成果は、父親が仕事を休めることである。
しかし政策として期待されているものは、それだけではない。
父親の育児参加。
母親の負担軽減。
仕事と家庭の両立。
男女間の家事育児負担の差の縮小。
さらに長期的には、女性の就業継続やキャリア形成との関係も重要になる。
そう考えると、取得率は「制度を利用したか」を測る入口の指標であって、最終成果ではない。
男性育休は、父親を一定期間家庭へ移動させる制度ではなく、家庭内の役割分担を組み替える機会として考えることができる。
父親の育休を「健康政策」として見る
父親の育児休業には、ジェンダー平等や働き方だけでなく、健康という視点もある。
2026年5月にBMJ Openで公表された論文は、父親の育児休業が父親本人や家族の健康へどのような影響を与えるかを検討するスコーピングレビューのプロトコルである。
ここで注意が必要なのは、この論文自体がレビュー結果を報告したものではないことである。
したがって「父親が育休を取れば家族が健康になる」と、この論文から結論づけることはできない。
重要なのは、父親の育児休業が労働政策だけでなく、父親、母親、子どもを含む家族の健康という研究対象として扱われていることである。
育児期には睡眠不足、精神的負担、夫婦間の役割調整など、複数の問題が同時に起きる。
父親が家庭で過ごす時間が増えれば、その時間がどのように使われるかによって、家族全体への影響も変わる可能性がある。
「何日取ったか」だけでも足りない
では男性育休を取得日数で評価すれば十分なのだろうか。
これも単純ではない。
同じ30日間の育休でも、生活の中身は違う。
一人は育児を主体的に担当する。
もう一人は家にいるが、育児の中心は配偶者のまま。
どちらも統計上は30日取得である。
したがって政策評価では、
取得したか。
何日取得したか。
そして、その期間に誰が何を担当したか。
という三段階で見る必要がある。
育休中より「復職した翌月」を見る
さらに重要なのは、父親が職場へ戻った後である。
育休中は父親が家事や育児を半分担当していた。
しかし復職した翌日から残業中心の生活へ戻り、家事育児のほとんどを再び母親が担当する。
この場合、育休中には役割分担が変化していても、それが持続したとは言いにくい。
逆に育休中に父親が一通りの育児を経験し、復職後も朝の送り、入浴、寝かしつけなどを担当するようになれば、家庭内の時間配分は継続的に変化する。
そう考えると、男性育休政策を評価する最も興味深い時点は、育休中ではないかもしれない。
「復職した翌月に、誰が育児をしているか」。
そこを見ることで、制度が生活を一時的に変えただけなのか、役割分担そのものを変えたのかが見えてくる。
育休制度と「働き方」は切り離せない
ここには企業側の問題もある。
育児休業を取りやすくしても、復職後の働き方が以前と同じなら、家庭内の分担は元に戻りやすい。
毎日夜遅くまで働く。
急な残業がある。
転勤がある。
長時間の通勤がある。
重要な会議が夕方以降に設定される。
こうした働き方のまま「男性も育児をしてください」と言っても、時間そのものが存在しない。
男性育休をジェンダー政策として考えるなら、休業制度だけでなく、復職後の勤務時間、柔軟な働き方、残業、配置などまで射程に入れる必要がある。
育休制度だけを男女平等にしても、復職後の時間制度が変わらなければ、家庭内の時間配分は元へ戻る可能性がある。
取得できない人を見る
取得者だけを調査すると、もう一つ重要な情報が抜ける。
育休を取りたかったが取らなかった人である。
なぜ取らなかったのか。
収入が減るから。
上司へ言いにくかったから。
同僚へ迷惑をかけると思ったから。
昇進への影響が心配だったから。
代替要員がいなかったから。
自分が休んでも配偶者が育児を担当すると考えたから。
こうした理由を記録しなければ、制度上は取得可能でも実際には利用しにくい場所が分からない。
「育休を取った人」の統計だけでは、「育休を取れなかった職場」は見えてこない。
所得の問題を外すと、取得率だけが上がらない層が残る
育児休業では所得も重要である。
休業期間中の所得低下が家計に大きく影響する家庭では、長期間の取得を選びにくい。
同じ制度が存在していても、利用できる余地は家庭の所得、雇用形態、企業規模などによって異なる可能性がある。
そのため取得率の平均値だけでなく、
所得階層。
正規・非正規。
企業規模。
職種。
取得日数。
などを組み合わせて見る必要がある。
制度があることと、誰でも同じように利用できることは同じではない。
企業は「取得率」の次に何を測るか
企業が男性育休を本当に働き方改革につなげるなら、取得率だけでは情報が足りない。
例えば、
男性の育休取得率。
平均取得日数と中央値。
1週間未満、1か月以上、3か月以上など期間別の割合。
役職別の取得状況。
取得前後の残業時間。
復職後の柔軟勤務利用率。
育休取得者の昇進や配置。
取得を希望したが利用しなかった人の理由。
といった情報を見ることができる。
さらに本人の同意を前提に、家庭内の家事育児時間がどう変化したかを調査すれば、制度の目的にもう一歩近づく。
「取得率100%」でも成功とは限らない
極端な例を考えてみる。
ある会社で男性社員全員が育休を取得した。
取得率100%。
一見すると完璧である。
しかし全員が5日間だけ取得し、復職後は以前と同じ長時間労働へ戻った。
家庭内の家事育児時間にもほとんど変化がなかった。
別の会社では取得率は80%だが、多くの男性が数か月取得し、復職後も柔軟勤務を利用して継続的に育児を担当している。
どちらの制度が家庭生活を大きく変えているかは、「取得率」だけでは判断できない。
だから男性育休政策には、次のKPIが必要になる。
取得率 → 取得期間 → 育児時間 → 復職後の継続。
制度への入口から生活上の結果まで追うのである。
育児休業を「時間の再配分政策」として考える
育児休業は通常、労働政策や少子化対策として扱われる。
しかし別の見方もできる。
子どもが生まれた家庭には、新しく大量の仕事が発生する。
授乳。
おむつ。
入浴。
寝かしつけ。
通院。
買い物。
洗濯。
保育。
そして、それらを管理する仕事。
一日の時間は増えない。
誰かがその仕事を引き受けなければならない。
育児休業とは、その時間を確保するために「労働時間」を一時的に減らす制度である。
そう考えると、男性育休の本質が見えやすい。
育児休業は「休暇」ではなく、家庭内の時間を再配分する制度である。
だから成果も、休んだ人数だけでは測れない。
「何人休んだか」から「誰の時間が変わったか」へ
父親の育児休業を増やすことには意味がある。
しかし取得率が上がったことを政策のゴールにすると、その先が見えなくなる。
何日取得したのか。
所得はどう変化したのか。
育休中に何を担当したのか。
母親の負担はどう変化したのか。
復職後も分担は続いたのか。
昇進や配置に影響はなかったか。
そして、取りたかったのに取れなかった人は誰なのか。
そこまで追って初めて、育児休業という制度が家庭と職場をどう変えたかが見えてくる。
「男性が何人育休を取ったか」から、「子どもが生まれた後、家族の時間がどう再配分されたか」へ。
男性育休政策の次の評価軸は、取得率の先にある。
参考資料・原典
- OECD Employment Outlook 2024(OECD、2024-07-09公表)
- Pengaturan Cuti Ayah (Paternity Leave) di Indonesia: Perspektif Studi Hukum Kritis(Jurnal Ilmu Multidisiplin、2026-04-22公表)
- Impact of paternity leave on the health of fathers and their families: a scoping review protocol(BMJ Open、2026-05-01公表)

